魔宮夫人の恐怖! 6章その2 魔宮潜入

 1・館を警備する人間を混乱させる。
 2・その混乱に紛れて、魔宮夫人の部下に変装した晴彦たちが潜入する。
 3・イサムを助け出し、脱出する。

 計画の大筋はそんなところだ。
 晴彦は仲間の姿をみた。
 晴彦はそこそこ背丈があるから問題なく変装できている。黒い背広に黒いサングラスに黒い手袋。髪はまだ赤みが残るものの、極限まで黒に戻しておいた。変装した晴彦を見て、祥真はそっくりだと言っていた。
 だから晴彦は問題ないだろう。問題は、梨奈と詩織だった。
 梨奈は髪が長いから、それを隠すのが大変だった。髪をひとつにまとめて頭の上で団子にし、さらに帽子を被らせることでなんとか隠した。サングラスをかけているから顔の印象はだいたい隠せている。手袋をはめているおかげで、女特有の白くてか細い指の様子も隠すことができた。上背もあるし、服装も背広姿だから男に見えないこともない。ただ、問題がひとつあった。
 それは胸だった。
 女としての魅力が、今回ばかりは裏目に出ている。これほど胸の張った男はいない。といって胸だけはどうしようもない。仕方がないので厚着をすることで、体全体の大きさを水増しして、胸の膨らみは鍛え抜かれた胸筋であるように見せかけた。変装の最中に、梨奈はしきりに、暑いとか動きにくいとか、こんなのは可愛くないとか言ってさんざん異議を唱えていたが、それをなんとか宥めて変装させたのだ。今となっては文句を言わないが、がたいの良くなった梨奈は、まったく不満だと言いたげに口を尖らせている。
 そして詩織だ。詩織は、梨奈と反対に変装を楽しんでいた。帽子を被る時も背広を着込む時も似合うとか格好良いとか言って、まるで服を新調するかのようなはしゃぎっぷりだった。それはそれでいいのだが、問題は背丈だった。小柄な詩織は、服装こそ男のようになったがいかにも背が足りない。まるで子供だ。そこで背を補うために、底の厚い靴を履かせた。
 何より困ったのは、祥真だった。さすがに小学生を巻き込むわけにはいかないので家に帰ったらどうかと勧めてみたのだが、祥真はそれを受け入れなかった。
 僕を助けてくれたイサムさんを放ってはおけないの一点張りで、宥めても透かしても後に引かない。仕方なく晴彦は、詩織と同じように厚底靴で背丈を補い、さらに服装も変え、決して無理をしないという約束の元に同行することにしたのだった。

 ※

 白い石で出来ていて、大きくて、平べったい――。
 祥真はそう表現していた。それを聞いた時は、語彙が幼いと思ったが、実際に目の前にしてみるとその表現は的を射ていた。
 白い石は大理石だろうか。確かにかなりの大きさを誇っている。ちょっとした遊園地などかなわないくらい敷地面積だ。そして、平べったいというのもその通りだった。屋根は平面だ。その上にさらに階を重ねて作ろうと思えばいくらでも積み上げられそうな作りだった。白くて四角い建物――例えるなら、それはまるで巨大な豆腐と言ったところか。
 その巨大な豆腐を、晴彦たちは近くの高台から眺めおろしている。
 ちょうど丘のように地面が盛り上がっていて、さらに木や草が茂っているから身を隠すには持ってこいの場所だった。
 草木が茂っているのは丘の上だけではない。丘の上から下まで、途切れずに茂っている。その茂みは、その巨大な魔宮を取り囲むように茂っていた。これだけ奇妙な建物があることを、晴彦は知らなかった。しかも事務所からそう離れた場所ではないというのに。
 それも、建物を囲むこの茂みの厚さから考えたら納得がいく。この秘境のような場所に、正体不明の悪女が、今までもずっと潜んでいたと考えると背筋が凍る思いだ。
 ――それも、これまでだけどな。
 晴彦は心の中で呟いた。
 茂みに隠れているのは、晴彦と梨奈と詩織と祥真。そして咲間もいた。
 咲間は仲間を連れてきてはくれたが、まだ公式に捜査も逮捕もできないというので、あくまで私的に協力してくれるということだった。実際に被害者もいるのだから逮捕もできるはずなのだが、警察内部の事情があるらしく、あくまでできないのだそうだ。
 もしもの時のためにと、咲間は何人かの仲間を連れてきてはいたが、彼らもまた、あくまで私的な範囲での協力ということだった。咲間はいつものように青い背広に身を包んでいるが、その仲間たちは警官の制服を着用している。
 警官の制服を見せつけることで、相手の戦意を少しでも削ぐための工夫だという。
 ――状況も観察できたし。
 そろそろ始めるか、と晴彦は思った。
「詩織。頼んだものをよろしく」
「任せておくのです」
 詩織は、背負っていた鞄からを下ろすと、その中から黒い大きな球体のものを取り出した。
「なんだい、それは」
 咲間が訊いた。
「これは私が発明した、敵を混乱に陥れるための道具なのです。名付けて――」
 詩織はその黒い球体を両手で頭上に掲げる。

キューティーアーティスティックボンバー☆愛の力が爆発しちゃっ田くん――なのです」

 名前はもう、どうでもいい。
「ちょっと待ってくれよ、詩織ちゃん」
 咲間が慌てた様子で声をかける。
「ボンバーって、まさか詩織ちゃんは爆発物を作っちゃったのかい」
「そんなわけないのです」
 詩織は憎々しげに咲間に向かって舌を出す。
「あくまで爆発が起きたように思わせるための道具なのです。爆発自体はしないのです」
 爆発物を作るような違法行為をするはずがないのです――と詩織は付け足した。
 それはそうだが、現に詩織は、事務所の庭で大爆発を起こしたことがある。が、今はそれには触れずにおこうと晴彦は思った。
「爆発が起きたように思わせるって、どうやるの」
 厚着をして体格の良くなった梨奈が問いかける。
 詩織は人差し指を立てて、得意げな顔で語った。
「簡単なのです。爆発音と、熱風と、煙を出す仕掛けになっているのです。本物の爆発と違うのは、火の気がないことと、破壊力がないことなのです」
「なるほど。それなら問題はないか」
 咲間が考え込むように言った。

「じゃ詩織。さっそくそいつを使って、あいつらを巻けるか」
 言いながら、晴彦は眼下に見える黒服の男たちを指で示した。
 豆腐のような巨大な建物の入口には、晴彦たちが変装しているのと同じ格好をした黒服の男たちが警備をしている。その数はざっと見ただけでも三十人といったところか。かなりの人数だが、混乱を利用して紛れ込むなら、相手の数は多ければ多いほどいい。
「任せておくのです。では、やるのです!」
 詩織は球体から飛び出していた突起を押し込むと、それを両手で眼下の男たちに向かって投げつけた。直後――。
 轟音が響いた。
 特大の和太鼓を思い切り打ち付けたような低い音が空気を振動させる。その響きは内蔵と脳を揺さぶり、目眩を覚えるほどだった。同時に熱気を感じ、白い煙があたりを覆う。
 晴彦は煙を吸わないようにとつい口を抑えたが、すぐに詩織が説明した。
「煙はただの水蒸気なのです。だから吸っても平気なのです」
「そ、そうなのか」
 確かに少し湿っぽい感じがする。それでも、警備を張っていた男達はおおいに混乱しているようだ。
 どよめき声と駆け回る音が聞こえてくる。煙――水蒸気のせいで明瞭には見えないが、男たちの姿は、輪郭のぼやけた人型程度には確認できる。そして建物の入口も充分に目視できる。
「混乱に漬け入るなら今しかないのです」
「そうだな。行こう」
 晴彦は地面を蹴って建物に向かって駆け始めた。梨奈や詩織や祥真が後について来るのが気配で感じられる。
 紛れ込むことに成功したら、次はイサムの捜索だ。
 丘から駆け下りながら、晴彦はすでに次の段取りを考えていた。