テニスコートでの暗殺計画 第3章 囚われた晴彦

「ん……」
 意識を取り戻した俺は目をさますと、真っ暗な空間の中に寝転がっていた。ここはどこだ?俺はまだはっきりしない頭を動かしながら、意識を失う前に何をしていたのかを考える。そうだ。梨奈とイサムと詩織とテニスをしていて、飲み物を買いに行ってその時に怪しい男を見つけた。その後追いかけていたところがバレて眠らされたのだった。こんなところで捕まるなんて、探偵として情けない限りだ。俺は体を動かそうと力を入れるが、上半身はピクリとも動かない。足は縛られていないようで、自由に動かすことができるが、腕は全く動かせない。手首から先は動かすことはできるが、背中の方に回され、何かで縛られているためどうすることもできない。視線を下に下げると、胸から腹にかけて縄で縛られている。口には布でできた猿轡を咬まされているため、口の中が異常に乾き息がしにくい。俺は取り乱すことはせず、冷静に今置かれている状況を整理し、判断する。
 寝転がっている床は冷たいコンクリートで、壁も天井もコンクリートで出来ているようだ。上の方の壁には小さな窓が付いており、そこから外の光が差し込んでくる。その小さな光を頼りに、俺は周囲を見る。少し先には鉄の棚が置かれており、そこには何やら用具が置かれている。ここはどこかの倉庫のようだ。目が塞がれていなくてよかった。何とか縄を解けないかと体をひねってみるが、ガッチリ縛られているためビクともしない。
「……あぁ。面倒なことにガキに見られちまった」
「っ……」
 すぐに隣で男の話し声が聞こえ、誰もいないと思っていた俺はその不意打ちに驚き、ビクッと体を強張らせる。話し声が聞こえるまで、気配すら感じさせなかった。額に冷や汗を浮かべ、とんでもない相手に捕まってしまったのかもしれないと覚悟する。男は俺が起きている子に気付いているのかはわからないが、電話先の相手と話し続ける。
「……いや、問題ない。予定通りに決行する。あぁ、心配するな。俺もプロの殺し屋だ。こんな公園のテニスコートにくる一般人を殺せないわけがない」
 俺は男の言葉に耳を疑った。殺し屋、だと!?しかも、さっき俺たちがいたテニスコートに来ている誰かを殺す気だ。
「分かったら報酬を用意して待っていろ。失敗はしない」
 男は通話を終わったのか、携帯をしまう音が聞こえ、声も聞こえなくなる。だが、男はその場から動いていないようで、足音も聞こえない。
「はぁ、めんどくせー。何でこんなしょぼい依頼ばっか俺に回ってくるかねぇ。あー、早く済ませて帰りてぇ」
 男はそう愚痴をこぼしながら、ゴソゴソと何かを取り出し、ライターで火をつける。タバコを吸っているのか、鼻に付く煙たい空気が俺のところまできて、俺はつい咳込みそうになるのをこらえる。今咳き込んだら起きているのがバレる。元々バレてるかもしれないが。
「全く、どこまで飲み物を買いに行っているのよ」
「どこかで迷子になっているのかもしれないのです」
「おーい、晴彦!いるかー!」
 倉庫の開いた窓からイサムたちの声が聞こえる。俺がなかなか戻らないことを不審に思って探しに来てくれたのか。イサムたちの声はすぐ近くに近づいてきているみたいで、声はどんどん大きくなっていく。チャンスだ!俺の存在を示すには今しかない。
「んー!!んー!!」
 俺は必死に声をあげて自分の居場所を伝えようとするが、猿轡を咬まされているため、声はうめき声にしかならない。俺はここにいる!ここにいるんだ!だが、気付いてくれるかもしれないという可能性に賭けて声を出し続ける。お願いだ!気づいてくれ!!
「おい!!黙ってろ!」
「んぐっ……」
 男は慌てて俺の口を塞ぎ、その呻き声も抑えられて小さな声にしかならない。それでも必死に声を上げ続ける。
「はぁ、いないわね」
「そうだな。あっちも探してみよう」
 だが、俺の声はイサムたちには届かなかったようで、イサムたちは気付くことなく、立ち去っていってしまう。くそ。折角のチャンスが消えてしまった。
「ちっ。起きていたのか。次騒いだら殺すぞ!!」

挿絵提供は、さとうかし様。

 助けを呼べなかったことを落胆していると、男は苛立ちながら俺の口から手を離す。その代わりに取り出した小型拳銃を俺の額に当て、カチリと引き金に指をかけて脅してくる。俺は首を縦に振り、大人しく従うことにした。今は、また逃げ出す機会を伺うしかないか。なんとか、殺されないようにしつつ、イサムたちが来てくれることを信じて待つしかない。梨奈や詩織もいるんだ。イサムたちならここに俺がいることに気づいてくれると信じよう。