テニスコートでの暗殺計画 第2章 怪しい男

「そうだな。飲み物でも買ってくるか」
 俺も足が悲鳴をあげており、立っていることすら辛くなって地面に座っていたが、自分も干からびないように何か買ってこようと立ちあがる。俺も喉がカラカラで、詩織の言葉に俺も飲み物が飲みたくなった。俺はテニスコートのベンチに置いてあるカバンから財布を取りに行く。ついでにカバンの中にあるタオルで汗だくの顔を拭いておく。
「それなら私の分もお願い!炭酸飲料ならなんでもいいわ!」
 財布を片手に行こうとする俺を呼び止め、梨奈が手をあげてそう言う。え、俺が買ってくるの?俺、今ナチュラルにパシらされているのだが。梨奈のその言葉に便乗した詩織とイサムも各々が欲しい飲み物を言っていく。
「あ、私はお茶でお願いしますです」
「僕はスポドリで!」
「って、俺が全部買うのかよ!まぁ、いいけどさ」
 それくらい自分で買えよ、と言おうと思ったが、全身を襲う疲労感からそんなことを抗議する気も起きなかった。こうして、気持ちよく……とは一概には言えないが、運動をして汗をかいたところで、なぜか俺が全員分の飲み物を勝ってくることになった。俺は渋々テニスコートから少し離れた公園内にある自動販売機のところまで行き、ポケットに突っ込んできた財布を取り出す。そして、自動販売機を見て何を買おうか悩み始めた時。

挿絵提供は、秋霧千葉様。

「ん……あれは」
 俺はふと視界の端に男を捉えた。それはほぼ無意識であり、いつもなら特に気にすることもなく見逃していたと思う。だが、その視界に移った男にほんのすこしの違和感を感じた。どちらかといえば、それは直感に近く俺の探偵としての勘が反応していた。こいつは何かあると。俺はそのまま相手に気づかれないように自然な素振りで一瞬だけ振り向くと、男を観察する。この男は見れば見るほど怪しい。男は一人で公園内を歩き、  周囲を異常なほど見て回っていた。しかも、防犯カメラの位置までしっかり見ており、懐から取り出したメモ帳に何かを記入している。怪しいのは挙動だけでなく、その姿も怪しい。この男は運動に不釣り合いな真っ黒なジーンズ生地のズボンにレザージャケットを着ており、この公園の中で背中にギターケースを背負っている。一見すれば売れないミュージシャンのような姿に見えるのだが、こんな公園に不釣り合いとも言えるその格好と、あの怪しい態度が目につく。明らかに、怪しい。公園に運動以外の目的で訪れているとしか思えない。
「念のため、後をつけてみるか。っと、イサムに連絡しておくか」
『怪しい人物発見。尾行を開始する』
 思い過ごしであればいいのだが。そう思いながら俺はイサムに急いでそれだけメールで伝え、その男を尾行することにした。


 男は公園の中を隅から隅まで見て回っており、ゆっくりと進んでいる。今の所何かをしそうな気配はないが、あの挙動は明らかに怪しい。目的地もなくただフラフラと歩いているだけだ。足取りも軽く、何処かに行こうと決めて歩いているのとは何かが違う気がする。散歩にしてはあまりにも無駄な動きが多い。むしろ路上ライブの場所を探していると言われた方が納得がいく。男はそのまま軽い足取りで公園内にある体育館に入ったところで、俺もその後をついて体育館まで行く。
「あれ?」
 だが、体育館に入ると、男の姿はどこにもなく、どこかへ消えてしまっていた。この一瞬でいなくなるということは、もっと奥に入って行ったのだろうか。そう思い詳しく探そうと足を踏み入れた瞬間。シュンと、風切り音が耳元で聞こえ、足音もなく俺の背後に男が立っていた。男は懐から取り出した刃物を俺の首筋に少し当て、皮一枚だけをプツッと切り、耳元で小さく呟く。
「しまっ……」
「大人しくしろ。動けば殺す」
「っ……!」
 しまった。油断していた。首筋に少し痛みを感じ、俺は体を一瞬硬直させる。だが、思い切って振り向こうとした時。手に握りかけていた携帯がポケットから落ち。
「がっ……」
 ナイフが首筋から離され、ナイフの柄でガン!!と、俺は殴られ、意識を手放した。