テニスコートでの暗殺計画 第1章 休日のテニスコートにて

 この日、臨海副都心地区にある総合スポーツ公園内のテニスコートの一角で、相馬晴彦達四人はテニスコートに佇んでいた。テニスラケットを手に緊張感の漂う空気の中、空から照りつける強い日差しを浴びながら、彼らはその時を今か今かと待っていた。 

挿絵提供は、葵燐-kirin-様。

 

 このテニスのゲームには、先ほど決めたあるルールが約束されている。ルールというより、景品といった方がいいか。まぁ、いつもこの手のゲームをするときには必ずつけておく景品だ。これがあるのとないのとではゲームにかける情熱の熱量が違う。イサムはフッと笑い、右手に握っているラケットを俺に向けて言う。そして、ニカっと爽やかに笑い、その笑顔の眩しさからかイサムの周囲からキラキラしたオーラが目に見える。動作がいちいち爽やかなイケメンだな。
「あぁ、忘れねないよ。負けたチームは勝ったチームに今日の晩御飯を奢る!」
 そう。それがこのテニスゲームのルール。何かを賭けるからこそ、全力でやる意味があり、ゲームは格段に面白くなるのである。それが真剣勝負ってものだ。しかも、このルールには俺にとってはメリットしか存在しない。
「そう!焼肉よ!焼肉!雨宮家行きつけの焼肉店で奢ってもらうわ」

 梨奈はそう言ってテニスボールを強く握りしめる。この勝負は俺にとってはどっちに転んでも損はしない。なぜなら幸運なことに、俺のチームには、梨奈がいるからだ。勝てば、大金持ちの娘である梨奈の行きつけの焼肉店に行くことができる。

「ふっふっふ。さぁ、ついに決着をつける日が来たようね」
 半袖のシャツにテニスのスコートをはいた梨奈がテニスボールを片手に笑いを浮かべる。梨奈はやる気十分に長い黒髪を上の方で一つにくくっており、自陣の前方で構えている晴彦の後ろからネットの反対側のコートに立っているイサムと詩織の二人を見据える。
「望むところなのですよ。梨奈!」
 半袖のポロシャツに半ズボンを穿いている詩織はおさげにしている髪を結び直し、不敵に笑って梨奈にそういう。二人の顔は真剣そのものだ。そこにはスポーツとして楽しむという感情は微塵もない。ここでは勝つか負けるかのどちらしかない。引き分けで終わることはあってはならない。それだけ、真剣になるだけの価値がこの勝負にはある。

「なぁ、イサム」
「なんだい?晴彦。始まる前から降参するとかいうつもりかな?」
「いや、違う。勝負の前に、一つだけ確認しておきたいのだがさっき言ったこと忘れるなよ」
 動きやすいように半袖半ズボンの格好をしている俺は梨奈の前に立ち、同じく半袖半ズボンのイサムにこのゲームのルールを確認する。

 

挿絵提供は、葵燐-kirin-様。


 何度も言うが、大金持ちの娘の梨奈だ。そんな梨奈が行くほどの店なのだから、その焼肉店はかなりの高級な店に違いない。大学生が普段食べることのできない最高級の肉も出るだろう。そんなもの、絶対美味しいに決まっている。
「その言葉、行ったことを後悔しないでくださいなのです。私たちが勝ったらそのお店でお肉を奢ってもらうのですよ」
 詩織は勝った時のことを考えているのか、ヨダレが垂れそうになるのを堪えてにやけながらそう言う。だが甘い。もし、負けたとしてもこっちには梨奈がいる。それくらい梨奈が払ってくれるに違いないのだ。なぜなら、金持ちだから。そんな大金を女子に払わせて恥ずかしいとかは思わない。これが詩織だったら恥ずかしいと思うのだが、俺の今のペアは梨奈だ。大切なことなので何度もいうが、梨奈は大金持ちのご令嬢なのだからなんやかんやで払ってくれるに違いない。まぁ、払ってくれなかったらヤバイが、今は考えないようにしよう。かっこ悪いとか思うかもしれないが、勝手に思ってくれても構わない。なんとでも言うがいいさ。余裕に満ち溢れた今の俺には痛くもかゆくもないのだから。つまり、俺にとっては勝てば最高。負けても失うものはないということだ。この勝負、もらった!!
「それじゃあ、行くわよ!!」
 梨奈の声かけでサーブから始まり、このゲームは幕を開けた。
「それ!」
「ほいっ!!」
「よっしゃ!」
「なんの!」
 序盤はいいペースでラリーが続き、俺たちは互いに一歩も退かずに打ち合う。俺と梨奈は二人とも運動神経は悪くはない。むしろ、いい方だ。ある程度のボールは打ち返すことができるし、俺が打ち損じても梨奈がカバーするという連携が取れる。体力も互いにそこそこあるため、一試合くらいなら余裕で動き続けることができるだろう。それに対して相手チームの詩織とイサムは、パワーバランスが偏っている。詩織がやや運動が苦手だからだ。普段運動をしないため、体力もあまりないだろう。普通で考えれば俺たちの方が優勢。だが、詩織のチームにはイサムがいる。イサムのハイスペックな運動神経により、その弱点はカバーされている。詩織が体力をあまり使うことなく安全に打ち返すことができるボールだけに反応し、難しいボールはイサムが打ち返すという連携ができている。バランスだけ見れば、互角に近い。だが、俺たちは負けるわけにはいかないんだ!
「まだまだ!!」
「とりゃ!!」
「はぁぁっ!!」
「ふんっ!!」
 負けるわけにはいかない。などというそんな思いが強い力になるわけでもなく、そのまま勝負はつくことなく、かれこれ三十分ほどただひたすらラリーが続いている。お互いに、ここまできたらもう気力だけでラケットを振るっている。汗が額に滲み、体を動かしているからか、体温も上がってきた。俺もだんだん腕が疲れてきているようで、ボールがラケットに当たるたびに脱力感と疲労感に襲われる。
「っ……はぁっ……早くミスしたら、どうかしら!!」
「それは……はぁっ……こっちの、セリフなのですっ!!」
「肉のためにっ……肉のためっ」
「そろそろお互いに限界じゃないかな……今やめた方が楽になれるよ」
 だが、全員やめる気は全くないようで、お互いに相手をこの勝負から下りさせようと必死に言葉をかけ続けている。だが、ボールの軌道もかなり弓なりになっており、今全力でスマッシュを打つことができれば勝てる気がする。のだが、もうそんなものを打つ気力は誰にもなかった。運動部に所属しているわけでもない俺たちがこれだけ長い間運動することなどほぼなく、今立っていることもかなりきつい。汗はかきすぎて目に入りそうになっているし、服の袖で汗を拭くが追いついていない。それでも、景品のお肉のために、疲れもしんどさも全て無視してラケットを振るい続ける。
「もう……無理……」
「お肉ぅ……お肉ぅ」
「限界……なの、です」
「疲れた……」
 だが、その後も一向に勝負がなく気配はなく、このまま勝負はつかないと全員が思ったのか、ほぼ同時にラケットを手から離し、勝負など投げ捨ててラリーを続けるのを止める。そして、一斉に苦しそうに肩で息をして、地面にへたり込む。
「はぁっ……はぁ……決着は……お預けね……」
「あぁ……はぁっ……はぁ……仕方ないが、そういうことにしよう」
 梨奈はそう言って、地面に座り込んでラケットから手を離していう。その言葉にイサムも賛同し、地面に倒れこむ。
「の、喉、喉がかわいたのです……」
 目にも留まらぬ速さで一目散に木陰で休憩を取っている詩織は、今にも干からびて死んでしまいそうになっている。見ているこっちがかわいそうになってくるレベルだ。