忍者屋敷からの脱出 第2章 忍者の襲撃!?

 晴彦とイサムが古文書を見に谷敷講師の研究室を訪れる日、当日。集合場所に集まったのは何故か晴彦とイサムだけではなかった。雨宮梨奈と不破詩織。ちなみに今日の梨奈は、いつものホットパンツではなく、ホワイトデニムのミニスカートを穿いている。

 

 晴彦曰く、どこから話を聞きつけたのか、興味があるから同席すると言われ、断り切れなかったのだそうだ。晴彦は最初どこか申し訳なさそうな顔をしていたが、イサムの人数が多い方が楽しいじゃないかと参加者が増えたことを素直に喜んでいる姿に安心したのか今ではすっかりいつもの調子に戻り、研究室までの道のりを全員で忍者についての話で盛り上がりながら、ゆったりと歩いて行った。研究室に着くと谷敷講師は4人の来訪を心待ちにしていたようで、キャスター付きの座り心地の良さそうな椅子の前で立ったままの状態で出迎えてくれた。促されるままに入室し、促されるままにローテーブルを挟んで設置してある革張りのソファーに座る。ローテーブルの上には古めかしい巻物が2つ堂々たる風格で鎮座しており、イサムはキラリと瞳を輝かせ未だ立ったままの谷敷を見上げた。


「先生!これがニンジャにまつわる古文書なのですか?」
「ああ、そうだ」


 谷敷はそう言うと床に片膝をつき、1つ1つを順に指さしながら片方は『水の巻』、もう片方は『雲の巻』と呼ばれているのだと話し出した。次いで、巻物の紐を解き中身を4人に見えるようにローテーブルの上に広げてみたのだが、しばらくの間をおいて4人は一斉に首を傾げた。お経のような難しい漢字が羅列しているばかりの文章は漢字の意味を重んじる日本人であっても簡単に読めるようなものではない。もしかして、先生はこれを読めるのだろうか。そんな期待から巻物に集中していた視線が一気に谷敷に移ったのだが、谷敷は苦笑いで頬をかくだけだった。


「実はその巻物の内容というのはまだ解明できていなくてね・・・・・・。なんらかの暗号である、ということまでは突き止めているのだけど、何を示しているのかはさっぱりなんだよ」


 内容がわからないことは残念ではあったが、忍者間での暗号というレアにレアを重ねたような二品を見られたのだ。その時点でイサムは大満足である。こんな素敵な機会を与えてくれた先生に感謝を、と谷敷の手を両手で握り混み、精一杯の感謝を伝えようとした瞬間、突如黒ずくめの忍者姿が数人研究室内に姿を現した。


「その巻物を渡してもらおうか」


 リーダー格であろう男がそう言うと、他の者たちも身を低くし臨戦態勢に入る。彼らの視線や身にまとう雰囲気から、抵抗すれば手を出すことも辞さないという強い意志が見え、梨奈と詩織は互いを守るように身を寄せ合った。彼らは研究室内にいる5人に注意を払いながら、じりじりと巻物との距離をつめる。5人は抵抗の意志を見せず、じっとその様子を見ていた。
 重苦しい空気と緊張感が部屋に充満し、息をするのさえも憚られた。自分が唾液を飲み込む音が妙に耳に響いて聞こえて、それが緊張をさらに加速させる。黒ずくめの男のうちの1人が巻物の置いてあるローテーブルの直前まで前進し、巻物に手を伸ばした時敵味方関係なくその場にいる全員が息を詰めた。水の巻と雲の巻の両方を手にした男は紐を解き、中身を見やると間違いないとリーダーらしき男に向かって声をあげた。


「良くやった。・・・・・・撤退だ!」


 黒ずくめの男達はおうと返事をすると目にもとまらぬ速さで出口を目指し走り出した。そして、後ろからふいにかけられた声と苦しそうなうめき声に動きを止めて振り返る。


「へー、これはすごい。本当に本物の忍者の書物なんですね。それなら、手放すのはこっちだって惜しいんですよ」


 そう言って穏やかに微笑むイサムの手元には2つの巻物。そして足下には腹部を押さえて倒れ込む男の姿。先ほどまで大人しかった者の突然の反抗に男達は動揺を隠せないようだったが、目的の物を手放してしまったままでは当然帰るわけにも行かないらしく、イサムに次々と攻撃を仕掛ける。しかし幼少より武術を嗜んでいるイサムは巻物をかばいつつもそれを片手でいなし、男達に難なく応戦した。最初は素手で戦っていた男達もくないなどを取り出し、一斉に攻撃することでイサムから巻物を奪い返そうとしていたが、実力の差は誰から見ても明白であった。このままでは巻物を手に入れるどころか全滅してしまうこともあるとリーダーの男も気づいたのだろう。大きな舌打ちをした後に丸い何かをその場に放った。床に落とされた球は床をしばらく転がり、机の脚にこつんとぶつかり動きを止めると白煙を吐き出す。煙は瞬く間に室内を満たし5人の視界を曇らせていく。視覚が役に立たなくなったことをいち早く受け止めたイサムは目閉じ、聴覚にだけ意識を集中させた。
 一体どこにいるんだ。この状況で攻撃を仕掛けられたら避けられるかどうか・・・・・・。
 いくら耳を澄ませても物音1つ聞こえてこない。こんな状況でなければさすが忍者だと手を叩いて賞賛したいものだが生憎そうもいかない。仕方なく煙が薄れるのを息を殺してじっと待つくらいしかイサムに出来ることはなかった。
 ようやく煙が薄れ相手の輪郭がぼんやりと見えるようになってきた頃、室内に見慣れない影がもういないことを確認する。どうやら相手は撤退したようだ。それが諦めを意味するのか、一時的なものなのかはわからないが、少なくとも深呼吸をして気持ちを落ち着けるくらいの時間はあるだろう。息苦しさから解放された面々は知らず知らずのうちに大きく息をついた。


「先生、これ巻物です」


 イサムが抱えていた巻物を谷敷に手渡すと、谷敷は焦った様子で巻物を広げた。傷や破れなどがないか確認したかったのだろう。表、裏と何度か巻物の方向を変えながら入念にチェックをし、ほっと息をつくと巻物をまき直してテーブルの上に置いた。どうやら問題が無かったようだ。忍者と戦いながら巻物を抱えていたイサムもその事実を察っしてほっと息をつく。


「イサムくん、本当にありがとう!君のおかげで巻物を守ることができたんだ!本当に感謝してるよ」


 谷敷はイサムの手をひっつかみ、ぶんぶんと勢いよく縦に振った。イサムはその勢いに圧され、はい、とか細く答えることしか出来なかったが、谷敷ははなから返答など求めていないようで、さっさと手を離すとキャスター付きの椅子に深く腰をかけ満足そうにニコニコ笑っている。


「巻物がとられそうになったときはヒヤヒヤしたけど、まさか本物の忍者に襲われる日が来るなんてね!まさか今の時代にも忍者が実在していたとは!?」


 恐怖を忘れてしまったかのような満面の笑みを浮かべる谷敷にその場に和やかな雰囲気が漂い始めたが、詩織の短く上がった驚きの声にその空気は霧散する。


「どうしたの?詩織ちゃん」
「り、梨奈と晴彦くんがいないのです・・・・・・!!」


 その言葉に答えるかのように外から梨奈の悲鳴が上がる。とっさに反応したイサムが研究室の窓から外を見下ろすと、丁度縛られた晴彦と梨奈が黒ずくめの男達に車に無理矢理押し込まれているところだった。本当は今すぐここから飛び降りて2人の救出に向かいたいところだが、高さが高さなのでそれは不可能だ。イサムが先陣を切って走り出し、車のある場所へと向かう。
 どうか間に合ってくれっ!
 心の中で懇願しながら必死に足を動かし、腕を振り、研究室から見下ろしていたその場所に数分も経たぬうちにたどり着いたが、車は既に走り去った後だった。コンクリートで舗装されている地面ではタイヤ痕を追うことも出来ない。場所を特定しなければ二人は助けられない。絶望の2文字が3人の頭によぎった時、悪意を持った矢がイサムを的として放たれる。イサムが間一髪で攻撃をかわすと、矢は勢いよく建物の壁に刺さった。追撃がないかとしばらく動かないでいた三人だったが、人の気配も感じられない時間が幾分か過ぎたのを理由に行動を始める。壁に刺さった矢に注目すると、矢の中央部分に紙が結びつけられていることに気がついた。イサムが壁から矢を抜き取り、紙を広げてみるとそこには以下の内容が書かれていた。


『仲間の2人は預かった。返してほしければ、明日の朝、地獄谷にて2対の巻物と交換だ。もし警察に知らせれば2人の命はない』


 紙には確かにそう書いてあった。
 警察に相談できない、という言葉が谷敷の背に岩のようにのしかかる。こんな事件到底素人が解決できるものではない。頭を抱える谷敷の隣で、対照的にイサムは顔を輝かせていた。地獄谷という場所が特定できたのだ。これで二人の行方を追うことが出来る。場所さえわかればなんとかなると言えるほど、先ほどの戦闘での手応えがイサムの手のひらには強く残っていた。自分が巻物だけでなく、晴彦や梨奈に意識を配れていたらという後悔がないわけでもないが、今へこんでいることよりも明日の朝に備えるべきであるとイサムはしっかりと理解していた。
 晴彦、梨奈ちゃん、本当にごめん。でも僕が必ず助けに行くから。
 もうとっくに見えなくなってしまった車を見つめながら、イサムはそう心に誓った。