テニスコートでの暗殺計画 第5章 救出

「一つ言っておくが、俺のとっておきの獲物はこれだ。脳か心臓に当てれば一撃で仕留めることのできるアサルトライフルだ。こいつがあれば遠距離であったとしても打ち殺すことができるからな。しかも、サイレンサーをつければほとんど無音でターゲットを始末できる。どうだ?すごいだろう!」
 男は聞いてもいないのに、自慢気にそんなことをベラベラと喋っていく。普段友達とかいなくて話し相手がいないのだろうか。俺は体を起こして壁にもたれかかるように座って男の話を延々と聞き続ける。というか、殺し屋がライフルとかでっかい獲物使うとかやはり馬鹿なのだろうか。街中では目立つため使うどころか持ち運ぶのも一苦労だし、ライフルは元々狩猟用の銃だから人相手に撃った場合、相当の腕がないと遠距離射撃で当てることすら難しいだろう。この男がそれだけの腕を持っているというなら納得できるが。今のところそうは見えない。無難に小型銃で殺した方が成功率は高いと思うのだが。
「今回のターゲットは東都銀行の五十鳩専務。依頼主と次期頭取の座を争っているらしくてな。依頼主の名前は……なんだっけ?まぁ、そこはいいや。依頼者の名前は機密情報だしな。そんで、そのターゲットとなる専務ってのは休日はいつもここのテニスコートにやってきてテニスを楽しむらしい。んで、殺されるとも知らずにやってきたところを、こいつで殺す」
 殺し屋は狂気に満ちた笑顔を浮かべ、アサルトライフルを構える。こいつ、本当に殺し屋か?さっきから段々殺し屋の風格がなくなって来ている。こんな簡単に仕事について話してもいいものなのだろうか。段々信憑性がなくなってきたのだが。自称殺し屋。と言われた方がまだ納得できる。と、先ほどから延々とこの男の話を聞いている。ついさっきまで重苦しい空気だったのだが、俺が起きているとわかった瞬間、この殺し屋の男は俺に語りかけつづけている。もしかしたら、このまま見逃してくれるんじゃないか。という希望すら見えてきた。
「おっと、そろそろ時間か。ターゲットがこの公園にやってくる時間だ」
 男はそう言って下ろしていた腰を上げてこの暗闇の中で準備をし始める。先ほど自慢していた銃をギターケースの中に忍ばせるのだろう。そして、準備を終えたところで、俺にまた話しかける。
「まぁ、俺は今回の失態で仕事中に一般人に見られた間抜け野郎って業界内でも言われ続けるだろうな。そうなったら、仕事の依頼も減っていくだろう」
 そう言って、しゃがみこんで俺をみる。俺を見つめる瞳には、一切の感情がこもっていない。道端の草を見る時と同じように、なんとも思っていない目だ。嫌な予感がする。
「俺たち殺し屋にとって、お前みたいな小僧に顔を見られたってことは屈辱でしかない。殺し屋ってのは、幽霊みたいなものだ。姿を見られちゃいけねぇ。それが、一般人にみられちゃ、この仕事もやっていけないんだ。っつーことで、ターゲットを殺してからお前ももれなく殺してやるよ。警察に通報なんてされたら溜まったものじゃねぇしな」
「っっ!!」
俺は自由になっている足で立ち上がり、男に一発蹴りを入れる。男は油断していたのか、俺の蹴りを脛にモロに受け、突然の痛みに悶絶する。その隙に逃げようと駆け出すが、男はすかさず銃を取り出し。俺の足元に打ち込む。俺は男が持っている銃が本物であることに驚いて足を止め、男を見る。
「ってぇ!!おい!テメェ!今ここで殺してやろうか!」
 男は痛みに耐えながら怒り心頭の様子でそう言って、俺の顔に向けて銃を構える。その自然な動きに、俺は体を動かす暇もなく、目を強く瞑って身構える。もうダメだ。殺される。
 そして、男が引き金に手をかけたところで。
「晴彦!!ここにいるんだろ!」
 倉庫の入り口が大きく開かれる音が聞こえ、イサムの声が聞こえて来た。イサムたちが助けに来てくれたのか。
「ちっ」
 男は俺から離れてすぐに物陰に隠れ、身をひそめる。俺は一気に気が抜けて床に座り込む。そして、走って近づいて来るイサムが見える。まずい。俺はこの倉庫にいる殺し屋の男のことを伝えようと大声を上げるが、それは猿轡のせいで呻き声にしかならない。
「んー!んー!」
「晴彦!ここにいたのか!銃声が聞こえたからもうダメかと思った。待ってろ!今解くからな」
 イサムはそう言いながら俺の方まで走ってくる。ダメだ、来るな!!逃げろイサム!あの殺し屋が近くにいるんだ!お前が危ない!そう伝えたいのに、声は言葉を発することさえ許さない。そうしている間にも、イサムは俺の下まで辿り着き、縄を解こうと手をかける。その隙に、足音を立てずに背後に回った殺し屋がイサムの背後に移動し小型の銃をイサムへと向ける。
 逃げろ!!イサム!!俺はそうイサムに伝えようと、体を動かし首を横に振る。イサムは俺のその必死の様子に何かを感じ取ったのか、背後を振り向こうとする。だが。
「え?」
「もう遅い!」
 イサムが振り向くよりも早く殺し屋は持っていた銃を振り上げ、イサムの後頭部に殴りかかろうとした時。
「やめてーーー!!」
「なっ!?」
 突然甲高い大声が響く。男は一瞬その声に気を取られ、振り下ろす動きが止まる。
「今だ!」
 殺し屋の存在に気づいたイサムは振り向き、殺し屋が見せた隙を見逃すことなく立ち上がると同時に一歩大きく踏みだす。そして、低い姿勢のまま力いっぱいに殺し屋にタックルをかます。
「ぐぇ!」
 殺し屋はその衝撃で銃を手から離し、イサムと同時にコンクリートの床に倒れる。そして、イサムは男の上に乗って殺し屋の男を取り押さえ、床に組み伏せる。
「ちっ!」
「よし、捕まえたぞ!!」
 男はまだ拘束を解こうと暴れるが、イサムは全体重を使って抑えており、ビクともしない。あれだけ固く組み伏せられているんだ、無理に解こうとすれば男の方の骨が折れるか外れるかするだろう。それを男自身も感じ取ったのか、だんだん抵抗する力も弱まっていく。
「晴彦!」
「晴彦くん!」
 その間に梨奈と詩織は走ってきて俺に近づき、俺を縛っていた縄と猿轡を解く。
「みんな、来てくれてありがとう」
「晴彦!その縄ちょっと貸してくれ。こいつを縛る!」
「わかった」
 俺はみんなに感謝の言葉を述べてから解いた縄をイサムに投げて渡す。イサムはその縄をもって、押さえつけていた殺し屋の男の体をぐるぐる巻きに縛っていく。男はもう抵抗することを諦めたのか、大人しく黙って縛られている。
「この男が、晴彦を攫った張本人ね」
 梨奈は男を見下ろしてそう言う。心なしか、その言葉には怒りが含まれている。
「どうやら、こいつは殺し屋でこのテニスコートに来たターゲットを暗殺するつもりだったらしい」
 かなり馬鹿な殺し屋だったけどな。暗殺って言葉の意味とか知らないだろ。
「なるほど。事件を未然に防げたのね」
「あぁ。みんなが助けに来てくれてよかった。助かった。ありがとう」
 俺は素直に感謝の言葉を言う。今回は俺が悪かった。勝手な独断行動が招いた失態だ。みんながいなければ、俺はこの男に殺されていただろう。
「全く。尾行をするならこんな失態はしないでよね。私達が助けに来なかったらどうするつもりだったの?」
「そうなのです。もっと危機感を持ってくださいなのです」
「まぁ、ほっとけなかったっていう気持ちも分かるけど。でも、僕たちがくるまで待っていて欲しかったよ。もっと僕達を信頼してくれよ」
 それぞれの言葉を受け入れ、俺は深く反省する。信頼してなかったわけではない。けれど、今回はみんなに頼るべきだった。その判断を間違えて一人で突っ走った結果がこれなのだから。俺はみんなに責められて当然だ。
「ごめんな」
 俺はようやく解放された腕を大きく動かし、腕に感じていた痺れをとっていく。本当にイサムたちがいてくれてよかった。いなかったら、今頃俺はここで撃ち殺されていただろうな。
「まったく、仕方ないのですよ」
「そうだな」
「今日焼肉をおごってくれたら許してあげる」
「はぁ!?」
 俺に言葉をかける二人に続けて、梨奈は親指を立てて爽やかな笑顔で笑い、そう言う。俺は一瞬自分の耳がおかしくなってしまったのかと思ってしまった。何を言っているのだろうか、こいつは。
「そうだな!そうしよう!」
「焼肉パーティなのですよ!」
「いや、ちょっ、えぇ!?」
 それはさすがに無理だろ!つか、なんでそんなことになるんだよ。なんで全員一致で行こうとか言い出してるんだ。しかも俺の奢りで。って、おかしいだろ!
「疲れたし、さっさと行こうぜ」
「そうね。こいつを警察に渡して焼肉店に行くわよ!雨宮家行きつけのお店に!」 
 それは、つまり、あの高級店に行くということか!俺の財布が死ぬ!死ぬから!
 俺のことなど御構い無しに話はどんどん進んでいく。俺は一言も行きたいとか行くとか言ってないのだが、なんでそんな話になるのだろうか。
「えっ、嘘だろ?行かないよな?行かないよな?」
 お願いだから行かないと言ってくれ。俺の財布が死んでしまう。
「行くに決まってるわ」
「警察はすでに呼んであるのです。もうすぐしたら駆けつけてくれるはずなのです」
「それなら早く行けそうだ」
 え、ちょっ……
「そうね」
「お腹すいてきましたなのです」
 いや、だから……
「ってことだから、さぁ、行くわよ」
「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
 こうして暗殺計画は未然に防がれ、俺の財布に大ダメージを与えるだけとなり、事件は一件落着となった。ちなみに、梨奈行きつけの焼肉店はめちゃくちゃ美味しかった。