魔宮夫人の恐怖! 8章 崩壊

 手がかりはなかった。
 祥真の言う通り、館の中は迷路そのものだった。しかも圧倒的に広い。これではどうやってイサムの居場所を探し出せばいいのか分かったものではない。
 晴彦たちは手当り次第に魔宮の中をさまよっていたが、少しして走るのをやめた。手がかりもなく迷走しても体力が無駄に消耗するだけだし、何より迷ってしまってはどうしようもない。それでは、まるで木乃伊取りが木乃伊になってしまうようなものだ。
 晴彦たちはちょうど行き止まりにぶつかっていたので、そこで座り込んだ。
「さて、どうしようか」
 晴彦は残りの三人をぐるりと見渡した。祥真が逃げ出した時は管制室のような場所で管内の経路を明らかにして脱出したと聞いていたから、今回もその手で行こうと思っていたのだが、祥真が、その管制室のありかをどうやら忘れてしまったらしいのだ。それでこうしてさ迷うことになったのだ。
 それについて祥真はしきりにごめんなさいと言って謝ったが、晴彦も梨奈も詩織も、そんなことを謝る必要はないといってなんとか励ましていた。それでも祥真は、
「僕のせいでかえって迷惑をかけてしまって」
 とまだ落胆から立ち直れずにいる。今も床に座って、顔を下に向けている。
 梨奈は厚着のせいでつかれたのか、顔を手のひらであおいで熱を覚ましている。詩織は――。
 パソコンを開いていた。小型で薄型のパソコンだ。さすがにポケットに入るような大きさではないが、工夫をすれば背広の内側に隠し持つことくらいはできそうな代物だった。
 そのパソコンをの画面を、詩織は瞬きもせずに凝視している。
「どうしたんだ」
 と晴彦が訊くと、
「もしかしたら、この迷路を抜けられるかもしれないのです」
 と詩織は意外な答えを返してきた。
「なんだって」
 思わず前のめりになる。梨奈も、サングラスを指で持ち上げて、釣り目を瞬かせて詩織を見つめていた。祥真も、その一瞬だけは少し顔をあげた。
「どうして、そんなことが言えるの」
 梨奈が尋ねる。詩織は画面を見つめながら説明した。
「前にもちょっと話したのですが、私は個人的にお客を持っているのです。ウイルス対策から建物の警備まで、私の機械工学の知識でそれなりにお得意さままでいるのです」
 そう言えば、そんな話をしていたような気がする。そのお得意さま向けに、妙な名前の目覚まし時計を作っていたことさえあった。
 詩織は続ける。
「もしかしたらこの館は、私に警備を頼んできたお客のものかもしれないのです」
「なんだって」
「なんとなく、今まで通ってきた通路に見覚えがあったのです。だから、もし私のお客だとすれば、このパソコンからハッキングを仕掛けて、この迷路を突破できるかもしれないのです」
 そう言いながらも、詩織の指はすでに高速でキーボードの上を踊っていた。
「やっぱり、当たったのです!」
 詩織はそう言って画面を指で示した。晴彦はそれを横から覗き込む。梨奈と祥真も、それぞれ脇から画面に顔を近づける。
 画面には、顧客のものらしい個人情報が乗っていた。名前や住所や電話番号などだ。
「依頼人の名前は、咲間警視が言っていたのとは違うのですが、きっと偽名だったと思うのです。でも、こんなへんてこりんな建物の所有者はそう滅多にいないのです。だから間違いないのです」
「じゃあ、今すぐにでも、この建物の構造を知ることができるのか」
 晴彦が尋ねると、詩織は得意げに口許を微笑ませて、
「当然なのです」
 と言った。眼鏡の代わりの黒いサングラスが、きらりと光る。
「自分で自分の作ったセキュリティを突破するのはなんだか変な気分なのですが、やってみるのです」
 そう言って、詩織がふたたびキーボードを叩き始めようとした時だった。
 がたり。
 ものすごい音がして、館全体が揺れた。
「わッ」
 思わず叫んで、晴彦は床に手をつく。梨奈はぺたりと尻をついてしまった。祥真も同じようにその場にへたり込む。祥真は背丈を補うために厚底靴を履いていたから、余計と均衡を崩してしまったのに違いない。そして、それは詩織も同じことだった。
 詩織はわっと声をあげると同時に後ろに倒れ、そのまま後頭部を床に打ち付けて、そして――。
 意識を喪ってしまった。
「詩織ッ」
「ちょっと、大丈夫?-」
「しっかりしてください」
 晴彦たちは口々に詩織の名を呼んだが、詩織が意識を取り戻すことはなかった。体を揺すってみたりもしたが、まるで熟睡しているかのように詩織は目を覚まさない。
「困ったな」
 晴彦は呟いた。
 敵地の中だというのに、仲間が気を喪ってしまったのはまずい。詩織の容態はもちろん心配だ。だがそれだけではない。詩織がいなくてはハッキングができない。つまり、建物内の構造を知ることができない。それはイサムを救出することができないということでもある。
 これは想定していなかったことだ。
 ――ここは。
 いったん退くか。そう思った矢先だった。
「僕がやってみます」
 祥真が言った。言った時には、祥真はすでに詩織のパソコンを手繰り寄せ、キーボードを叩いていた。
「できるの」
 と梨奈が尋ねる。
「わかりません。でも、僕は詩織さんのセキュリティを突破できる直前まで行ったことがあるんです。だから、もしかしたら」
 祥真は両手の指を踊らせながら、梨奈の方を身もせずにそう答えた。目はサングラスで覆われているから視線の向きは見えないが、画面を真剣に見つめているだろうことは伺える。
 その様子を眺めながら、晴彦は思い出していた。
 そういえば、事務所で暇を持て余して管を巻いていた時、詩織のパソコンはハッキングされかかっていたのだ。それも松尾くん――つまり祥真の手によって。
 あの時はセキュリティの最後の砦である迷路を突破できなかったのだ。
 トレモー――。
 不意に、そんな言葉を思い出した。詩織が言っていた言葉だ。結局、その言葉の意味は現在まで聴かず仕舞いだ。
「祥真くん。トレモーっていう言葉を聞いたことがあるかい」
 晴彦は、試しに尋ねてみた。
「トレモー、ですか」
 祥真は手を止めて顔を少しあげた。そして、
「知っています」
 と答えた。しかしすぐに、
「でも――」
 と自信なさげに下を向く。

「トレモーは、僕は不得意なんです」
「トレモーって、なに」
 純朴な様子で梨奈が問う。それに答えたのは祥真だった。
「トレモーというのは、迷路を抜けるための手法のひとつなんです。迷路を抜けるための方法としては、もうひとつ、右手法、もしくは左手法というのがあるんですが、それでは抜けられない迷路でも、トレモーなら抜けられます」
 そうだったのかと晴彦はようやく胸のすっきりする感覚を覚えた。右手法の話は詩織から聞いたから知っている。そして右手法では抜けられない迷路というのは、終着点が迷路の中央にある場合なのだという。そして――。
 詩織の誇るセキュリティの最後の部分、つまり祥真が突破できなかった部分は、右手法では抜けられないのだと言っていた。
「どうだい、祥真くん」
 晴彦は絶望を覚悟しつつも期待を込めた気持ちで祥真の顔をみた。
「右手法では、抜けられないんですか」
 パソコンの画面には、迷路が表示されている。この迷路は、この建物の構造ではなくて、詩織のセキュリティの最後の部分だろう。つまり、その直前までのセキュリティを祥真はすでに突破しているということだ。
「右手法で抜けられないなら――」
 祥真のこめかみを、一滴の汗が伝う。
「いや、やるしかないです。やってみます。即興ですが、しかも苦手ですが、トレモーのプログラムを組んでこの迷路を突破してみます」
 祥真はこめかみの汗を拭い、ふたたびキーボードを打ち始めた。
 そうして二十分ほど経ったころ。
「できました」
 息を荒らげながら、祥真が言った。そして――。
「いきます」
 人差し指で、恐る恐るエンターキーを弾く。
 迷路を赤い線が走り始める。
 晴彦は唾を飲んでその行方を視線で追った。隣りでは梨奈もパソコンを眺めている。息遣いがまったく聞こえないところをみると、きっと息を止めているのだろう。
 迷路の上を這う赤色は、少しも淀むことなくその道を塗りつぶしていく。やがて――。
 赤色は迷路のちょうど真ん中辺りに至り、そして画面が変わった。
 迷路が消え、画面全体がピンク色に染まる。
 そのピンク色の背景に白い文字でこう表示された。

――――――
ふっふっふ(ΦωΦ)フフフ…
よくぞここまで来たのです.。゚+.(・∀・)゚+.゚
しか~し、まだ問題はあるのです(。=`ω´=) これが最後の問題なのです(`・ω・´)
さあ、勇者よ!Σ\(゚Д゚;)ビシッ 私の好きなものが、次のうちどちらか当ててみるが良いヽ(`Д´#)ノ

H or K

さあ、ど~っちだσ( ̄^ ̄)?
チャンスは1回だよ☆-(ゝω・)v
もし答えを外すと、このデータには永久にアクセス出来なくなるのですΣ(゚ω゚ノ)ノガビーン
だから当てずっぽうは駄目なのですよ~( ̄ー ̄)ニヤリ
頑張ってね~ヾ(●´∇`●)ノ
――――――

「ななななんだこりゃ」
 迷路を抜けたらそれでハッキング成功ではなかったのか。最後にこんな問題が控えていようとは思いもしなかった。
「どっち」
 梨奈が晴彦を見ている。祥真もまた、晴彦を見ていた。
「どっちと言われても」
 正直なところ、晴彦にはまるで見当がつかなかった。
 HとKで、詩織の好きなものはどちらなのか。
 ぜんぜん分からない。しかも外れると永久にアクセス出来なくなるという。ここは絶対に間違えられない。
 この問いを仕掛けた張本人はすぐ脇にいるというのに、気絶しているせいで尋ねることができない。すごいもどかしさだ。
「と、とにかく詩織の好きなものをあげてみよう」
 晴彦は腕を組んだ。梨奈も首をかしげて頬に人差し指の先を当てている。やがて梨奈が言った。
「ピンク色とか詩織は好きだよね」
「そうだけど、ピンク色はどう考えてもHやKには当てはまらない」
「じゃあ、眼鏡」
「それもこのアルファベットには当てはまらない」
「じゃあメカとか」
「それも――」
 当てはまらない――と言おうとしたが、直前で晴彦はその言葉を飲み込んだ。
 メカ。日本語に変えれば機械だ。それなら「K」に当てはまる。
「Kだ」
 と晴彦は言った。ついでに、その理由も手短に説明する。
「なるほど」
 と梨奈も胸の前で両手を合わせる。
「Kだよ、祥真くん」
「待ってください」
 祥真は異議を唱えた。
「機械だとすると、このHは何なんでしょう。どっちか、と問いかけるということは、このHにも何か当てはまるものがあるんじゃないでしょうか。つまり、比較できる二つが存在する選択肢――とは考えられないでしょうか」
 もっともな指摘ではある。しかしそうだという根拠はない。もちろん、機械のKだという確証もないのだが――。
 それでも、Hの方も考慮してみるというのは有効な気がした。あらためて考えてみる。
 詩織が好きなもので、比較できる二つのものがあるとすれば、それは何なのか。
「わかった!」
 梨奈が声をあげる。
「なんだ」
「答えはKだよ」
「なんでそう思うんだ」
「ほら、私が買ってきたすまいる菓子店のクッキーを美味しいって言ってたでしょ」
「ああ」
 確かに詩織は、あの時クッキーを食べて喜んでいた。きっと好きなのだろう。だが――。
 今は単に好きなものではなく、二つを比較することができるものでもある必要がある。クッキーは確かに詩織の好きなものだろう。しかし、それではHに当てはまるものがない。それを指摘すると、
「Hは干菓子だよ」
 と梨奈は簡単に答えた。
「なるほど」
 すんなりと腑に落ちた。詩織は松月庵の干菓子を好んでいた。ところがすまいる菓子店のクッキーを食べた途端に、松月庵よりすまいる菓子店が良いと言って、いとも簡単に鞍替えしたのだ。
 干菓子のHとクッキーのK。どちらが詩織の好きなものかと言えば、答えはクッキー、つまりはKということだ。店の名前の頭文字を取らなかったのは、松月庵にしてもすまいる菓子店にしても、どちらもSになってしまい、比べられないからだろう。
「やるな、梨奈。よくわかったな」
 晴彦は素直に梨奈を褒めた。えへへ、と梨奈は笑う。そして梨奈は祥真に言った。
「答えはKだよ!」
「はい」
 祥真はマウスを手に取った。
「待ったッ」
 晴彦は止めた。
「どうしたの」
 梨奈が訊く。
「危ないところだった。やっぱり答えはHだ」

「なんで」
「Hが干菓子でKがクッキーだというのは、たぶん梨奈の言う通りなんだと思うよ。でも、それだとすると、答えはHになるはずじゃないか」
「なんで。詩織はすまいる菓子店のほうが良いって言ってたじゃん」
「そうだけど、それはクッキーを食べてからだ。それまでは松月庵を推してたんだ。そしてこのセキュリティが構築されたのは、クッキーを食べる前。つまり、その時の詩織は、まだ松月庵を推してたんだ。だから答えは干菓子のH」
「そうかァ」
「どっちにしましょうか」
 祥真が困惑の表情を浮かべている。祥真と詩織はネット上でのみの付き合いだから、この話には加われないだろう。きっと少し退屈を感じたのに違いない。
「Hだ」
 と晴彦は言った。祥真は頷く。そして梨奈の顔をみた。梨奈は反対しなかった。
「わかりました。Hですね」
 それではいきます――と祥真は良い、今度こそ選択肢を選んだ。
 ポインターをHの上へ運び、クリックする。
 晴彦は唾を飲む。
 画面が変わり、相変わらずピンク色の背景に白い文字でこう表示された。

――――――
パンパカパーン!( ??∀?? )b
大正解なのです~(人´∀`).☆.。.:*・゜
私のセキュリティを突破した挙句、私の好みまで当てたあなたには、なんと!o(;-_-;)oドキドキ
「ハッキング技術世界ナンバーワン(仮)」の称号と、「詩織ちゃんのストーカー選手権優勝者」の栄光を与えるのですぅ~ヾ(*‘ω‘ )ノ
おめでとうございますなのです~((o(*>ω<*)o))
――――――

「ハッキング技術世界ナンバーワン――仮り」
 小さな声で祥真が呟いた。詩織とハッキングとセキュリティの技術について詩織と競っていた祥真にとって、その称号――というより、好敵手である詩織からそう認められたことは嬉しいことなのかもしれない。もっとも、「仮」の一文字がついてはいるが――。
 そして詩織の好みを当てた晴彦と梨奈は「詩織ちゃんのストーカー選手権優勝者」という、まったく嬉しくない〝栄光〟を授けられてしまった。それはともかく――。
 これでようやくこの館内の構造が見られるわけだ。
 それを期待して、晴彦は祥真に声をかけようとしたが、祥真すでにキーボードを叩いていた。
 画面にはまた迷路が表示されているが、今度は詩織のセキュリティのそれではなく、この建物の構造だろう。
 その迷路の通路を、さっきのように、すでに赤い色が走り始めている。
 赤色は、館の入口から右折左折を繰り返し、あっという間に出口と見られる場所へ到達した。
「どんなに通路を逸れても、この赤色の通路へ戻れば、必ず出口へ近づくことができます。イサムさんがどこにいるのか分かりませんが、この通路を基準に枝分かれする形で捜索の幅を広げていけば、迷わないで済むと思います」
「祥真くん、すごい!」
 梨奈が褒めた。晴彦も素直に祥真の腕前には感心した。詩織のセキュリティを突破したのだから、将来は優秀なコンピュータの使い手となることだろう。
「そうと分かれば行動だ。行こう」
 晴彦は、いまだ気絶している詩織を背負うと、立ち上がった。梨奈と祥真も立ちあがる。そしてパソコンの画面を眺めながら通路を走りはじめた。
 と、その時――。
「わッ」
 十字路へ出た途端。
 先頭を走っていた晴彦は体の側面に衝撃を感じて、あやうく倒れそうになった。
 二、三歩たたらを踏んで、ようやく体勢を整える。もう少しで背中の詩織を床に放り出してしまうところだった。
 何かと思って左を見ると――。
「あッ」
 そこには知った顔があった。
 黒いドレスに豊満な体を包んだ女だった。
 あちこちに宝石を散りばめ、頭には王冠を載せている。髪は長くて波打っており、それが背中を覆うように伸びている。手には孔雀の羽のような派手な団扇を握っている。化粧は厚くも上品で、目元は青く縁どられている。妖艶な雰囲気の女だった。
「魔宮夫人」
 梨奈が、祥真の話を聞きながら描きあげた絵の女とまるでそっくりな容貌だ。
 晴彦が名前を呟いたことに、相手はいくぶんびっくりしたのだろう。女は眉間に小さな皺を刻んだ。
 女の後ろには、晴彦たちが変装しているのと同じ恰好の男が付き従っていた。黒い背広に黒いサングラスをかけ、黒い手袋をはめている。
「貴様ら、誰だ」
 変装しているものの、魔宮夫人の名前を呼んでしまったのが拙かったらしい。
 付き従っている男に、晴彦たちは正体を疑われてしまった。部下が軽率に主の名を呼ぶというのは不自然だ。
 しまったと思ったが、誤魔化しようがなかった。
 男はずんずんと晴彦の方へ近づいてくる。いや、近づいてこようとした。
 魔宮夫人が、それを遮った。羽団扇を持った手を横に伸ばし、その部下の行く手をはばむ。
「マダム」
「笠口、ここは争っている場合ではないはずです」
「は」
 男は素直に従い、歩みを止めた。
 魔宮夫人は、さっきは一瞬訝しげな表情を見せたものの、今は余裕があるかのように笑みを浮かべている。魔宮夫人は丸みのある腰をくねらせ、一歩前へ出ると、
「あなた方は、武智探偵事務所の皆さんでしょう」
 と言った。
「なんで、わかるの」
 梨奈が問いかける。
「自分が誘拐を指示した男のことはだいたい調べがついているわ。イサム・ルワン・ラーティラマート。その仲間に、凄腕の探偵とその助手たちがいることくらいは知っているわ」
 イサム本人だけではなく、周囲のことまでも調べていたことに、晴彦は寒気を感じた。咲間の話では華族の末裔で資産家というから、思いもよらない繋がりなどがあるのだろう。
「今までは何とかなってきたかもしれないけど、今回は残念だったみたいね。そのパソコン――」
 魔宮夫人は羽団扇の先端で、祥真の持っているパソコンを指し示す。
「この建物をハッキングしたようだけど、無駄よ」
「なに」
「さっき、建物全体が揺れるのを感じたでしょ。あれは、出口をすべて封鎖した音よ。だからいくら画面の上で迷路を解いたとしても、もう脱出は不可能なの。しかもこの建物のどこかには、イサムを閉じ込めてある。さらにその同じ部屋に爆弾を仕掛けておいたわ」
 仲間もろとも、建物の崩壊に巻き込まれて死ぬが良い――と魔宮夫人は勝ち誇ったように言って高笑いをあげた。
「ちなみに――」
 魔宮夫人は、ちらりと背後の部下――笠口と言ったか――を振り返る。その視線で察したのか、笠口は無言のまま腕時計を魔宮夫人に見せた。魔宮夫人はその時計を確認してから愉しそうに言った。
「その仕掛けておいた爆弾は、あと二時間三十分後に爆発するわよ。せいぜい少ない余命を堪能することね」
 そして魔宮夫人は笠口をともなって駆け去ってしまった。

 つまり閉じ込められてしまったということか。
 と思ったが――。
「変だよね」
 と梨奈が言った。そう、変なのだ。もし晴彦たちが閉じ込められたとするなら、魔宮夫人たちはどうやってここから脱出するというのだ。まさか自滅を覚悟している訳ではないだろう。つまり、出口を塞がれてもここから脱出する方法はあるということだ。具体的にどうするのかは分からないが――。
 それを知るために魔宮夫人たちを追おうとも思ったが、それは躊躇われた。
 なぜなら、時間がないからだ。魔宮夫人を追いかけて脱出方法を突き止めてからイサムを探すとすると、二時間三十分では足りないだろう。とはいえ――。
「イサムさんはどうやって助けるんですか」
 祥真が喰らいつくような表情で問いかけてきた。
 そう、まさしくそこなのだ。時間がないという事情は、順番を変えたところで変わらない。イサムを探してから魔宮夫人を追っても、きっとかかる時間はそれほど変わらないだろう。また、もし魔宮夫人を追ったとしても、あの女には部下が数え切れないくらい大勢いるから袋叩きにされてしまうのが落ちだ。並外れた戦闘力を持つイサムがいれば、少しは状況も変わるかもしれないが・・・・・・。
 そのイサムが今はいないのだ。でも――。
「大丈夫」
 と晴彦は言った。詩織を背負っているからさすがに体力に限界が見えてきていたが、それでもここでへばるわけにはいかない。晴彦は奥歯を食いしばって、胸のポケットからスマホを取り出すと、番号を呼び出して、その電話番号へ繋いだ。
 相手が出るなり、晴彦は言った。
「今、魔宮夫人とその部下が外へ脱出しました。逮捕をお願いします」
 相手はすぐに了解をした。晴彦はスマホを切ってまたポケットに戻しす。
 そして、ずり落ちかけていた詩織の小さな体を背負い直すと、梨奈と祥真に言った。
「外で待機している咲間さんたちが、あいつらを捕まえてくれるだろう。そうすれば脱出できる場所も方法も分かるはずだ。僕らはイサムを探そう」